twitter1周年

早いもので1年経ちました(正確には2ヶ月も前www)
2000post超えた程度なので、超ライトユーザーですね
こんな俺が100followとは、有難う御座いますw
 
twitter事体の魅力や技術的な事に関しては、他の方に譲るとして俺が感じているのは
「やっぱり自分と他人は同じモノを見ていない」
という至極当たり前な事を再確認して面白いって事だ
 
最近だと先日のGoogleセンセイご乱心のキャプチャや改変メッセージがTLにワラワラと登ってきた事が興味深い
半年以上前の事だが秋葉原無差別殺傷事件の時もTLが同じ話題に染まってゆくのが興味深かった
あと有名人を凄い勢いでfollowするとか、「fav数で〜〜する」を凄い勢いでふぁぼるとか、
いつもはバラバラなキーワードが並ぶTL上に何かのトリガで皆同じキーワードに注目してゆく この現象が面白い
あたかもいつもはバラバラの向きの液晶が、電圧をかけることによって同じ向きになるように
 
 
それと同時に「等しく知っている情報というのは案外少ない」という事実を再認識させられた
いつからだろうか、”常識”という言葉に違和感を覚えてきた
万人が等しく知っている知識なんて限られているのに、それを知らない事で異端視される事への違和感だ
新聞やラジオ、TV等で一斉に流された情報は災害情報や交通情報、事件事故、選挙など知らなければならない報道と共に、連続ドラマやワイドショーやTVショッピング等の娯楽番組まで"知らなければならない情報"と考える人を増やしたように思う
自分と同じ事を他人もやっているのだろうという想像力の欠如に俺自身陥った事もある
 
TVの視聴率が低迷しているというが、各家庭で同じ番組を見るのはある意味異常だったと受け止めた方がいいのではないか?
皆が観ているから観る・持っているから買うという感覚が薄れている現状をtwitterのTLの一貫性の無いpostを見ていてそう思った